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妊婦さんのRSウイルスワクチン「アブリスボ」は接種すべき?

[2024.06.07]

2024年5月31日にアブリスボというワクチンが発売されました。

 

アブリスボは妊娠中のお母さんに接種するRSウイルスワクチンで、お母さんの体で作られた抗体が赤ちゃんに移行することで、生まれてきた赤ちゃんがRSウイルスから守られるというコンセプトのワクチンです。

 

RSウイルス細気管支炎は以前のブログ記事でもご紹介した通り、大人や年長児だとただの風邪だけど、赤ちゃんにうつると重症化する、しかも特効薬がないので、徐々に悪くなっていくのただただ見守らなければならない、そんな恐ろしいやつです。

 

これまで日本でできる予防薬は、早産児や基礎疾患があるなどのハイリスクの赤ちゃんのみに投与できる「シナジス」という薬だけでしたので、ハイリスクでない赤ちゃんは一般的な予防策を取るほかありませんでした。(そしてそれは多くの保育園では困難なことです)

 

アブリスボの素晴らしい点は、ローリスクの子に対しても接種ができるということです。RSウイルスは早産や先天性疾患などのリスクがなくても乳児にかかれば重症化することはあります。つらい目にあっている子を日々診療している身としては、かかる前に予防する術があるというのは大変画期的だと思います。

 

というわけで、当院でも、アブリスボの接種を開始いたします。
接種ご希望の方はお知らせページをご覧ください。


とはいえ、発売したてのワクチン、大丈夫なの?という思いもあると思いますので、今回はその「アブリスボ」について、有効性と副反応を解説したいと思います。

 

 

有効性はどれくらい?

アブリスボの主な根拠論文はMATISSE試験という研究の論文です。なんて読むんだろう。

この研究は日本を含む18か国で行われた第Ⅲ相試験(いわゆる「治験」の最終段階)です。

 

7000人くらいの妊婦さんをアブリスボ接種グループと偽薬接種グループに分けて、生まれてくるこどもがどれくらいRSウイルスに感染するかを調査します。アブリスボ接種グループで罹患率が低ければ効果あり! ってことになります。

 

結果は、アブリスボ接種グループでRSウイルスによる下気道感染発症率が半分くらいに、重症化する率が4~5分の1くらい!になったそうです。

↑英語のままですみません。オレンジがワクチン接種グループ、青が偽薬接種グループ、横軸が生まれてからの日数で、縦軸が累積罹患率です。このグラフは重症化予防についてのグラフです。

グラフだと非常にわかりやすいですね。


接種すれば絶対かからない、というわけではありませんが、十分な効果だと思います。

 

 

副反応はどれくらい?

同じくMATISSE試験によれば、主な副反応はいわゆる局所反応(接種部位の痛み(40%)、筋肉痛(26.5%)、赤くなる・腫れる(<10%))でした。全身症状は筋肉痛くらいで、熱が出たりすることはほとんどないようです。ほかの予防接種と比較してもわりとマイルドなんじゃないでしょうか。

↑同じく英語ですみません。接種前(上)も接種後(下)も、ワクチン接種グループと偽薬接種グループで全身性の症状に(筋肉痛Muscle Pain以外は)差はないよね、っていうグラフです。

 

余談ですが、接種前から「疲労感(Fatigue)」を感じている妊婦さんが半分近くいることが印象的でした。妊娠しているってことがいかに大変なことかがうかがえるデータですね。

 

 

アブリスボ接種が早産のリスクになる?

個人的にはこれが一番気になっていました。程度にもよりますが、RSウイルス感染を予防できたとて、ワクチン接種により早産が誘発されたのでは、さすがにデメリットが勝ります。

なぜこのような懸念があるか説明します。

 

RSウイルス予防のワクチンはファイザーの「アブリスボ」とGSKの「アレックスビー」の2種類があって、いずれも高齢者を対象として発売されているワクチンです。

 

で、今回のMATISSE試験はアブリスボの妊婦さんを対象とした第Ⅲ相試験なわけですが、そのちょっと前に、アレックスビー(厳密にはその元となるワクチン)も妊婦さん向けの第Ⅲ相試験を行っています。その試験の中で「ワクチン投与グループで早産が多い」というデータが集まってきたため、試験が途中で打ち切りになったという経緯があります。

 

アブリスボで使っている成分も基本的にはこれと同じなので、アブリスボでも早産が誘発されるんじゃないの? という懸念があるわけです。

 

この2020年に行われた試験を振り返った報告が2024年3月にNew England Journal of Medicineという雑誌に掲載されました。

 

この報告によるとワクチン接種グループで早産(37週未満の出生)の割合が6.8%、偽薬接種グループでは4.9%でした。相対リスク(ワクチン接種により何倍早産になりやすいか)は1.37でした。ワクチン接種することで早産リスクが4割増しになるというわけです。

ただし、この試験は途中で中止されているため、「ワクチン接種が早産を誘発する」という結論はここからは言えません。偶然そうなったか、あるいは別の因子が作用していた可能性もあります。

 

で、データを分析すると、ワクチン接種グループで早産が多い、という現象は

・低~中所得層で多く、高所得層ではあまり見られない。
・コロナ禍の真っただ中(2021年夏~年末)で多く、それ以外の時期にはあまり見られない。
・接種してから分娩までの期間の長さはバラバラ

などの特徴があり、ワクチン接種が単独で早産を誘発しているにしてはやや不自然な結果といえます。

 

さらに、MATISSE試験においては、ワクチン接種グループと偽薬接種グループで早産率に差が出ていないことから、再現性もありません。(ただしMATISSE試験では、もともと早産リスクのない妊婦さんだけを対象としているため、ワクチン接種が早産リスクを増加させるか否かについては言及できない、と議論されています。)

 

この二つの文献からは、ワクチン接種以外に早産を誘発する何らかの因子が関与していた、と考える方が妥当なように(私は)思います。

 

(追記2024/8/27)その後、アメリカからの報告では、RSウイルスワクチン接種による早産リスクの増加はないとデータが示され、それを受けて日本周産期新生児学会からも「本ワクチン接種群における早産率は統計学的に優位に高くなることは示されておりません」と8月23日に追補版の声明が出ました。ひとまず、早産のリスクは気にせずで大丈夫だと思います。

 

もちろん、これから接種者が増えてデータが集まった時に、「やっぱりワクチンが早産を誘発してた」になる可能性はゼロではありませんが、そのリスクと前述のRSウイルス予防のメリットを天秤にかけた場合、さすがにメリットが勝ると(私は)思います。

 

いつ接種すべき?

製品の添付文書的には妊娠24~36週で接種可能ですが、MATISSE試験では28週以降で接種したほうが予防効果が高かったため、妊娠28~36週での接種が推奨されています。

加えて前述の早産の懸念も踏まえ、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)では妊娠32~36週の接種が推奨されています。

当院もこれにならい、妊娠32週以降の接種を推奨しています。


どこで接種すべき?

アブリスボは比較的副反応の少ないワクチンとはいえ、当院は小児科ですので、妊婦さんの予期せぬ産科的異常への対応には限度があります。もし妊婦健診で通っている産科でもアブリスボ接種を行っているようでしたら、そちらで接種することをおすすめします。

 

通っている産科ではアブリスボ接種をやっていないようでしたら、ぜひ当院での接種をご検討いただければと思います。

その際、基礎疾患や妊娠合併症などがある方は、必ず通院中の産科で接種可能か確認したうえで臨んでいただきますようお願いいたします。

 

 

というわけで、あれこれマニアックに話をしてきましたが、母子免疫をコンセプトにしたこのワクチン、かなり画期的だと思います。総じてかなりおすすめですので、現在妊娠中の方、妊活中の方は、検討する価値はあるんじゃないかなと思います。

 

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