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早産児の肺とサーファクタントのお話

[2023.05.05]

今日はまず、簡単な実験をしてみましょう。


何の変哲もないビニール袋です。スーパーでお肉などを入れるやつと同じ素材。

 

これをまず普通に開けてみます。


このように簡単に開けることができます。(加齢により手がカサカサな私には簡単ではありませんが)

 

次に、ごく少量の水をビニール袋に入れます。

この水を全体に均一になるように広げて、、、

 

これを開いてみると、、、

 

あら不思議! とっても開けにくい!

 

これは、水が一カ所に集まろうとする「表面張力」のために、ビニールどうしが糊付けされたような状態になり、開きにくくなっているのです。

 

これと同じことは、実は人間の肺でも起きています。

 

肺はたくさんの「肺胞」という小さな袋でできていますが、中はしっとり湿った状態(ビニール袋に水が入った状態)ですので、表面張力がはたらいて肺胞を膨らませるのに大きなエネルギーが必要になってしまいます。

そこで、肺はこの表面張力を減らしてくれる物質を分泌しています。それが「サーファクタント」です。サーファクタントが絶えず分泌されることで、肺は膨らみやすい状態を維持できます。

 

早産で生まれた赤ちゃんはこのサーファクタントを作る能力がまだ未熟で、十分な量を作り出せません。

サーファクタントが足りないと、息を吐くたびに肺胞がぺちゃんこにつぶれ、ふたたび開くのにパワーがいります。一生懸命呼吸をしているうちに、だんだん疲れてきて、呼吸不全に陥ります。これを「呼吸窮迫症候群」と言います。

 

この呼吸窮迫症候群により、早産の赤ちゃんの多くは生後3日ともたず命を落としていました。ほんの30~40年前の話です。

 

これは僕が研修医の時のベテラン指導医の体験談ですが、
肺がぺちゃんこにならないように、常にある程度の圧をかけてバッグを押さなければならないけれど、押しすぎると圧がかかりすぎて肺が損傷してしまう。そのコントロールが繊細過ぎて、当時の人工呼吸器の技術ではうまく対応できないから、早産児が生まれると3日3晩赤ちゃんにつきっきりでバッグを押し続ける、なんてことがあったそうです。

 

早産児の肺に、人工的に作成したサーファクタントを投与することで、劇的な改善が見込めることを発見し、臨床応用までこぎつけたのはなんと日本の医師です(藤原哲郎先生という偉大な先生です)。この功績により早産児の生存率は劇的に改善し、1990年代の日本の新生児医療は世界でもトップクラスになりました。日本は新生児医療が強い、というイメージを持たれている方がいるかもしれませんが、このためです。

 

今では、人工肺サーファクタントの投与により、呼吸窮迫症候群は管理可能な病態となり、新生児科研修医がはじめに学ぶありふれた疾患の一つになりました。(とはいえ重症な子の治療管理は依然として非常に難しいのですが)

 

通常この人工肺サーファクタントは、気管挿管してチューブを通して直接肺に投与しますが、挿管したり、人工呼吸器管理をすることはそれ自体が赤ちゃんにとっては大きな負担になります。

 

そこで、気管挿管してサーファクタントを投与したらすぐに抜管する「INSURE」、気管挿管せずにもっと細いチューブで投与する「LISA」など、より赤ちゃんに負担の少ない方法が実用化されてきています。

 

最近の研究ではサーファクタントを吸入で投与する方法(喘息などで使うモクモクを吸い込む治療)も検討されており、どんどん赤ちゃんへの負担が軽減される流れとなっています。

 

命を救う「だけじゃなく」、赤ちゃんの「痛い」「つらい」やそれに伴う将来の影響を少しでも減らしたいという新生児科医の熱い思いを感じます。

 

自分は最前線を退いた身ではありますが、進化を続ける新生児医療に、今後も目が離せないです。

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